胃がんの原因菌として知られているピロリ菌。実は、原因となる疾患は、胃がんだけではありません。
今回は、どのようにしてピロリ菌に感染するのか、予防法はあるのかなどについて解説していきます。また、感染した場合の治療についてもご紹介します。
ピロリ菌の基本
まずは、ピロリ菌がどのような菌なのかについて解説していきます。
ピロリ菌とは
ピロリ菌の正式名称は、「ヘリコバクター・ピロリ」。ヘリコとは「らせん」や「旋回」という意味を持ち、バクターは「バクテリア」、ピロリとは胃の幽門という部位をさす「ピロラス」からきています。
ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、酸性環境での生存に適応したグラム陰性のらせん状桿菌であり、サイズはおおよそ0.5×2.5〜4.0μmです。この菌は数本のべん毛を持ち、運動性を持っています。酸素の存在する大気中では増殖ができず、微好気性環境(酸素濃度が低い環境)でのみ生存可能です。酸素に長時間さらされると死滅し、また乾燥環境にも非常に弱い性質を持っています。
感染経路
ピロリ菌の感染は、免疫力や胃酸がまだ未熟な小児期までに起こることが多いとされています。ピロリ菌は便、唾液、歯垢から検出されており、経口または糞口感染が主な感染経路と考えられています。このため、感染は家族内や介護施設などの集団生活環境で集団発生する傾向があるとされています。また、発展途上国では衛生状態の影響により、汚染された井戸水やハエ、ゴキブリを媒介とした感染も報告されています。
ピロリ菌に感染すると
ここからは、ピロリ菌に感染することによって起こる症状や、引き起こす可能性のある疾患について解説していきます。
起こる症状
ピロリ菌感染症の影響は、胃内での感染部位によって異なります。一般的には、ピロリ菌は前庭部(胃の下部)に優位に感染し、この部位での感染が持続すると、ソマトスタチンというホルモンの分泌が局所的に抑制されます。その結果、胃酸分泌を促進する「ガストリン」の産生が亢進し、胃酸過剰分泌が引き起こされ、胃や十二指腸の潰瘍のリスクが高まります。
一方、感染が長期にわたって持続すると、前庭部から胃体部(胃の上部・中央部)に感染が広がることがあります。胃体部優位の感染が起こると、炎症を引き起こすインターロイキン1βの産生が増加し、これにより胃粘膜の収縮と胃酸分泌の低下が生じます。
この状況は、胃粘膜の萎縮や低酸症を引き起こし、さらに胃がんリスクの増加にも関与します。これらの感染は同時に起こる場合もあり、様々な症状や病態を引き起こす可能性がありますが、多くの場合は感染していても自覚症状がないことが多いです。
引き起こす疾患
ピロリ菌が産生する細胞毒素(特にCagAやVacA)および粘膜溶解酵素(ウレアーゼなど)は、胃粘膜の損傷およびそれに続く潰瘍の発生に関係していると考えられています。CagAは感染細胞内で炎症反応を引き起こし、VacAは細胞傷害や粘膜の防御機能を低下させる作用を持ちます。
また、ウレアーゼはアンモニアを生成し、胃酸を中和することでピロリ菌が胃内で生存しやすい環境を作り、粘膜へのダメージを引き起こします。これらの因子が誘因となり、胃・十二指腸潰瘍、胃炎、さらには胃がんなどの様々な疾患が発症するとされています。以下に代表的な疾患について解説します。
胃炎
胃炎とは、胃粘膜に炎症が起こった状態を指します。主な症状として、腹痛、腹部不快感、吐き気、嘔吐などがあり、場合によっては胸やけや食欲低下も見られることがあります。自覚症状がない場合も多く、慢性化すると胃粘膜の萎縮や腸上皮化生(胃粘膜が腸のように変化する状態)を引き起こし、胃がんのリスクが増加する可能性があります。
胃・十二指腸潰瘍
胃・十二指腸潰瘍は、胃液に含まれる強い酸やペプシンの刺激により、胃や十二指腸の粘膜が損傷を受け、組織が深くえぐられた状態を指します。最も一般的な自覚症状はみぞおちの痛みであり、胃潰瘍の場合は食事中から食後に痛みが生じることが多く、十二指腸潰瘍では空腹時に痛みが起こることが特徴です。これらに加えて、胸やけ、胃もたれ、吐き気、嘔吐、食欲不振などの症状が見られることもありますが、場合によっては自覚症状がほとんどないこともあります。
潰瘍が進行すると、出血や穿孔(胃や腸壁に穴が開くこと)を伴うことがあり、特に出血がある場合、下血によって便が黒色(タール便)になるのが特徴です。また、重度の場合には吐血を伴うこともあります。
胃がん
胃がんは、胃壁の内側にある粘膜に発生するがんであり、初期には内側の粘膜層にとどまりますが、進行すると外側に向かって広がっていきます。がんが粘膜または粘膜下層までにとどまっている状態を「早期胃がん」と呼び、筋層より深く達したものを「進行胃がん」といいます。胃がんは初期段階では自覚症状が出ることが少なく、進行するまで症状が現れない場合が多いです。
ピロリ菌に感染すると、胃粘膜に慢性炎症が引き起こされ、長期にわたる炎症が胃がんリスクを増加させると考えられています。具体的には、ピロリ菌感染により胃がんを発症するリスクが3〜6倍高くなるとされています。しかし、ピロリ菌を除菌することで、この高まったリスクをある程度低減できます。除菌治療は、特に早期の段階で行うと効果的とされていますが、除菌後もリスクが完全にゼロになるわけではないため、定期的な内視鏡検査が推奨されます。
予防法や治療法
最後は、予防法や早期発見のための検査や治療などについてご紹介します。
感染予防
ピロリ菌に感染しないためには、特に乳幼児期における衛生環境に気を付けることが重要です。また、感染経路を遮断することが大切です。ピロリ菌に感染しても、全ての人が疾患に繋がるわけではありませんが、疾患を予防するためにはリスクとなる生活習慣を減らすことが重要です。以下のポイントに注意しましょう。
感染経路を遮断する
・子どもへのキスや食べ物の口移しを避け、個別の食器やカトラリーを使うように心がける
・トイレ後の手洗いを徹底し、家庭内での衛生管理を強化する
発症リスクを下げる
・禁煙する(喫煙は胃粘膜にダメージを与え、発症リスクを高める)
・塩分の多い食事を避ける(高塩分摂取は胃粘膜を傷つけるため、胃がんリスクが増加する可能性がある)
・ストレスを溜めないよう、リラックス方法や適度な運動を取り入れる
検査方法
ピロリ菌に感染しているか調べる検査には、内視鏡を使用しない検査と、内視鏡を使用する検査があります。
内視鏡を使用しない検査
(体への負担が小さいのがメリット)
【尿素呼気試験】
検査薬として尿素を経口投与する検査です。ピロリ菌に感染していると、ピロリ菌が持つウレアーゼという酵素によって尿素が分解され、アンモニアと二酸化炭素が生成されます。生成された二酸化炭素は血液を介して肺に到達し、呼気中に排出されます。この原理を利用して、検査薬の服用前後の呼気中の二酸化炭素の量を測定し、ピロリ菌感染の有無を診断する精度の高い検査です。
【便抗原検査】
糞便中に含まれるピロリ菌の抗原の有無を調べる検査です。ピロリ菌に感染している場合、糞便中に抗原が検出されるため、感染の有無を確認できます。尿素呼気試験と同程度の感度を持ち、特に尿素呼気試験が難しい場合や小児、妊婦などの検査に適しています。
【血液抗体検査】
血液中のピロリ菌に対する抗体の有無を調べる検査です。ピロリ菌に感染すると、体内で抗体が産生されるため、血液中の抗体を検出することで過去または現在の感染を確認できます。ただし、除菌治療後も抗体がしばらく残存することがあり、現在の感染状況を正確に示すわけではありません。そのため、除菌後の感染状況の確認には尿素呼気試験や便抗原検査が推奨されます。
内視鏡を使用する検査
内視鏡を用いた検査は、胃粘膜の観察だけでなく、組織の一部を採取してピロリ菌の感染を確認するために用いられます。これらの検査は確定診断に有効ですが、細菌培養では偏りがあるため、菌の検出率が低くなる可能性もあります。また、ピロリ菌の分布が不均一なため、偽陰性が出ることもあります。
【培養法】
胃の粘膜を採取して、ピロリ菌の発育環境下で培養して判定する検査。
【迅速ウレアーゼ試験】
ピロリ菌が持つウレアーゼという酵素の活性を利用して判定する検査です。ウレアーゼが尿素を分解してアンモニアを生成すると、特殊な培地上で色が変化します。内視鏡下で採取した組織を用いるため、迅速かつ信頼性の高い結果が得られるため、組織検査における第一選択の診断法とされています。
【組織鏡検法】
胃の粘膜の組織標本に特殊な染色をしてピロリ菌を顕微鏡で探す組織診断方法。
【胃液PCR検査】
内視鏡検査を行なった時に、胃液を採取しPCR検査を行う。2022年から保険適応になっています。薬剤耐性も検査ができる検査です。
治療方法
ピロリ菌に感染しているということが分かったら、除菌治療が必要になります。ピロリ菌の除菌治療には胃酸の分泌を抑制する薬と抗生物質が使用され、基本的には合計3剤を7日間内服します。その後、4週間以上経過した後、再度検査により除菌が成功したか確認をします。もし、除菌が不成功だった場合は、再度除菌治療を行うこととなります。
また、除菌治療が成功しても、その後もかかりつけ医の指示に従いフォローアップを受ける必要があります。
まとめ
ピロリ菌が胃がんのみならず、色々な疾患に関係しているということがお分かりいただけたと思います。また、感染が分かっても除菌治療をすることにより、疾患の発症リスクを下げることができるということが分かっています。実際にピロリ菌の除菌治療が保険適用になり胃がんの罹患率が減少しています。感染しても無症状なことが多いですが、定期的な検査や不調を感じた際には受診するよう心がけたいですね。